セックスワーカーの誇り

先日、珍しく鮮明な夢を見て、しっかり覚えていられた。
コッカスパニエルの可愛い二匹の黒い犬。「おうちの中に入っていいですか?」とか、ちゃんと話すのだ。さすが、夢。他に三人の女性たちとわたし。

三人のうちの、犬たちに話すことを教えている女性が言う。「わたし、ときどきすっごくセックスがしたくなるんだよね」と。そいじゃ、おしゃれして夜の街に繰り出そうか、と言ったか、言おうとしたか、というところで、目が覚めた。

セックスがしたいという欲求の強さ弱さ、あるなしは、人それぞれだ。「流浪の月」の更紗は幼少期の性虐待のトラウマのせいで「わたしは、それが、嫌いなの」と言い、文は発達の問題でセックスとは縁のない身体だ。

あんはどうだったのだろう。

わたしの若い頃の友人は、高校生の時から彼がいて、セックスもしていたけれど、「そんなん全然気持ちよくなかったよ」と言っていた。身体が成長していない時は辛いのだろう。

セックスの話ではないけれど、あんまり幼い頃に無理に経験させられたせいで、すっかり嫌いになってしまった、という話を二人の人から聞いた。どちらも弟妹の世話。「こんなしんどいこと絶対嫌だ」と思って、結婚する気も、子どもを育てる気も全くなかった、と二人ともが言っていた。お二人とも、50歳を越えてから結婚されていたけど。

12歳から売春させられていたあんにとって、セックスワークはどんな仕事だったのだろう。
それは彼女にしかわからない。どんな男たちと出会って、どんな時間を過ごしていたのか。

反射的に想像してしまうのは、おぞましい日々。穢らわしい。悪夢。地獄。

だけど本当にそうだったのだろうか。
夢に出てきた女性のように、わたしもすっごくセックスしたい日もある。独り身だし、適当に一人で処置して過ごしているけれど、もしも、美容室や整骨院、あるいは病院のように、気軽に安全に、清潔な場所で、プロで上手な人とお金で割り切ってセックスできるなら、利用するかもしれない気がする。お金があればで、そのことに使いたいか、によるけれど。

性欲自体は健康で、穢らわしくもおぞましくもないものだ。世の中の、生きている全ての人はセックスの結果、出現できている。これから堂々とセックスします!という結婚式が盛大に祝われて、セックスの結果ですという出産が周りの誰をも幸福な気持ちにさせる。

どうしてセックスワークがこれほど蔑まれたままなのだろう。

犯罪の温床だとして、いったい誰が犯罪を犯しているのか。なぜ犯すのか。批判され嫌われ蔑まれるべきは彼女たちではなく、性犯罪を犯す人たちのはずだ。治癒されるべきは彼らの不健康な精神性だろう。そもそも犯罪を防止する十分な方策は取られているのか。その必要性はどうして広く認められ着手されないのか。

例えば自動車に関しては、交通事故が起こらないようにさまざまな法律が作られ、方策が取られている。それでも事故は起こり、死者はゼロではない。けれど、多くの人は自動車を批判したり嫌ったり蔑んだりしない。

車に乗る人は多く、セックスワーカーは少ない。それがそのまま社会制度の充実度に反映しているだけではないのだろうか。人を殺すかもしれない、自分が死んでしまうかもしれないという可能性は決してなくならないのに、多くの人は自動車に乗る、自主的に選んで乗る。同じように、自主的にセックスワーカーであることを選んで働いている人がほとんどなのに、差別があって、社会保障がないに等しいのはなぜなんだろう。

セックスワークは存在している。誰が忌み嫌おうが、蔑もうが、存在している。防犯対策を充実させて、従業員に性教育を施し、衛生環境を整え、その他の社会保障を行き届かせ、加えて転職するための学習機関まであれば、恥じることのないサービス業として成立するだろう。セックスしたい男女に束の間の幸せをもたらしてくれるだろう。

彼女たちの本当の声は小さく、当事者なのに訊ねられることも滅多にない。常識とか社会通念とか良識とか同情とか、そういう大きな音にかき消されている。聞き届けられない声があるということに、少数派ではない人間たちこそが、自分たちの思慮の浅さ、無知や無意識の差別に気づいて、批判や嫌悪の口を噤むべきなのではないだろうか。その小さな声に、偏見を捨てて耳をすまそうとするべきではないのだろうか。

あんの場合も、もしも彼女の仕事が、防犯対策や衛生環境が充実していて、労災や失業保険も厚生年金も完備された状況だったなら、彼女は自殺しただろうか。自分の仕事としての誇りが彼女を生き延びさせたのではないだろうか。

そして最も辛いのは、彼女たちの意識の中に、世間に蔓延している差別心がまるで自分の声のように響いているだろうことだ。

それがあんを自殺に追い込んだ犯人の一人のような気がする。
わたしたちの差別が殺したのかもしれない、と思う。

参考文献「エッチなお仕事 なぜいけないの 売春の是非を考える本」編集 中村うさぎ ポット出版プラス

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